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新しい壁画のテーマ

【下書き中】
下書き01

(以前の絵のテーマを書くのに、思ったよりパワーが必要だったので; 前記事の続きはまたいつか;;)(現在進行中の絵の話いきます;;)

次の壁画のテーマを「古琉球のまつり」と前記事で書きましたが、その後「まつりって言ったらほとんどの人がお祭りのことと思うんでは?」という指摘があって、タイトル等はちょっと考え直しています。

もちろん、描きたいのは「お祭り」じゃなくて15世紀頃の「祭政一致」の絵です。

現代からは想像し難いくらい「神様」が人の生活の中で重要だった時代。
日本古代の神権政治は「政(まつりごと)」と「祭りごと」が一体という意味で祭政一致と呼ばれているようです。
中世の琉球で、この祭政一致を端的に制度化して、見事に国を治めるシステムにしてしまったのが尚真王です

①【黄金時代】と呼ばれる尚真王の治世と ②それを支える祭政一致の体制 ③尚真王の即位譚

の三つを具体的にor象徴的に描いて画面を構成します。
今迄の壁画よりは象徴的な表現が多くなるのと、文字の説明をたくさん書き込むことになりそうです。

尚真王は第二尚王統が始まって間もない頃に(8年くらい)即位するんですが、早くも「琉球の黄金時代」を実現させてしまった名君です。しかもこの王様がいなければ、琉球王国は(少なくとも第二尚氏は)こんなに長く続かなかったんじゃないかと思えるほど、社会制度から建物から道路から様々なモノがこの時代に作られています。
その即位譚がまたドラマティックで、羽地朝秀が編纂した正史【中山世鑑】に書かれているそのエピソードはそのまま物語の一部のようです。

このエピソードが上記③尚真王の即位譚になるので、以下、琉球大学所蔵の【中山世鑑】から書き写して引用します。
http://ir.lib.u-ryukyu.ac.jp/handle/123456789/10237

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御即位ノ年ノ二月陽神キミテキレ現シ給ケレハ尚宣威

是ハ必定我カ慶賀ノ為ニヲリサセ給神ニテアルラン

ト悦思召テヲヌシハ帝坐ニ付セ給テ久米中城王子ヲハ

帝坐ノ脇ニソ立給ケル旧例ニハ君々神々内原ヨリ出給テキ

ミホコレノ前ニ東面ニ立給ケルカ今度ハ例に替リ西面

ニソ立給ケル去程ニ上君ヲ初トシテ下老若男女ニ至ル

マテ是ハソモ何事ヤラント魂ヲ冷シ手ヲ握リカタヅヲ

飲テ居タル処ニ宣託有ケルハ

首里ヲハルテダコウカヲモヒ子ノアソヒミモノアソヒ

ナヨレハノミモノトオモロヲソメサレル尚宣威聞召

給テ我其徳ニ非スシテ帝坐ヲ汚シタル事是神ノトカメ

有ケルソヤトテ在位六箇月ニシテ御位ヲノカレテ世子

久米中城王子ヲソ即位成奉リ給是為尚真公

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次に意訳してみます。()内はよみがなor補足です。


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(第二尚氏初代・尚円王が崩じた時、世子の久米中城王子は13歳と幼かったので、王の弟君が即位され尚宣威(しょうせんい)王と名乗られた。)

(尚宣威王の)御即位の年の二月に「陽神キミテズリ」が出現されたので、尚宣威様は「これは我が即位を祝福する為に光臨なされた神に違いない」と喜ばしくお思いになり、御自身は玉座に着座され、久米中城(くめなかぐすく)王子様を玉座の側に控えさせなさいました。

本来であれば、神を降ろした神女達が内裏よりお出ましになり、キミホコレ門の前で東(玉座の方向)を向いて立たれるのですが、この度はいつもと違い、西を向いてお立ちになりました。

この様子に、尚宣威様をはじめとして、下々の老若何女にいたるまで「これは一体何事であろうか」と、肝を冷やし手を握り、固唾を飲んで見守っている所に神託がありまして

『首里におわします国王様の 愛しいお子の遊ぶお姿 踊るお姿の見事な事よ』

というオモロ(神歌)をお告げになりました。

尚宣威様はこれをお聞きになり「私のような王の徳のない者が、玉座を汚していることを天は咎めておいでなのだ」と、在位六ヶ月にて退位され、(先王の)世子・久米中城王子を御即位させなさいました。このお方が、かの尚真王でございます。

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つまり、先王の弟が即位する事が閣議決定されていたのに、その王を「神」が無視し、そのために王が退位に追い込まれたということのようです。

中世の琉球国王は「神」の承認があって初めて権威を発揮できたということなのでしょう。


「神の意思」で王位が決まったという、この話だけでも尚真王の即位譚は充分劇的なのですが、この話には、様々な理由からある人物の【陰謀説】も浮上してきます。


(…書くのが疲れて来たので、つづく…)


 

高良倉吉・田名真之【図説 琉球王国】

「図説」とある通り図版が多く読みやすい琉球王国の通史です。
尚真王の即位やその時代について数ページを割いて詳しく書かれています。

高良倉吉・田名真之【図説 琉球王国】