琉球偉人シリーズ『牧志朝忠』
2010年06月12日 23:07

『昇る太陽(アガイティーダ) 一四七七年 尚真王の即位 』
2010年06月11日 21:59


新しい壁画のテーマ
2010年02月12日 09:39

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御即位ノ年ノ二月陽神キミテキレ現シ給ケレハ尚宣威
是ハ必定我カ慶賀ノ為ニヲリサセ給神ニテアルラン
ト悦思召テヲヌシハ帝坐ニ付セ給テ久米中城王子ヲハ
帝坐ノ脇ニソ立給ケル旧例ニハ君々神々内原ヨリ出給テキ
ミホコレノ前ニ東面ニ立給ケルカ今度ハ例に替リ西面
ニソ立給ケル去程ニ上君ヲ初トシテ下老若男女ニ至ル
マテ是ハソモ何事ヤラント魂ヲ冷シ手ヲ握リカタヅヲ
飲テ居タル処ニ宣託有ケルハ
首里ヲハルテダコウカヲモヒ子ノアソヒミモノアソヒ
ナヨレハノミモノトオモロヲソメサレル尚宣威聞召
給テ我其徳ニ非スシテ帝坐ヲ汚シタル事是神ノトカメ
有ケルソヤトテ在位六箇月ニシテ御位ヲノカレテ世子
久米中城王子ヲソ即位成奉リ給是為尚真公
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次に意訳してみます。()内はよみがなor補足です。
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(第二尚氏初代・尚円王が崩じた時、世子の久米中城王子は13歳と幼かったので、王の弟君が即位され尚宣威(しょうせんい)王と名乗られた。)
(尚宣威王の)御即位の年の二月に「陽神キミテズリ」が出現されたので、尚宣威様は「これは我が即位を祝福する為に光臨なされた神に違いない」と喜ばしくお思いになり、御自身は玉座に着座され、久米中城(くめなかぐすく)王子様を玉座の側に控えさせなさいました。
本来であれば、神を降ろした神女達が内裏よりお出ましになり、キミホコレ門の前で東(玉座の方向)を向いて立たれるのですが、この度はいつもと違い、西を向いてお立ちになりました。
この様子に、尚宣威様をはじめとして、下々の老若何女にいたるまで「これは一体何事であろうか」と、肝を冷やし手を握り、固唾を飲んで見守っている所に神託がありまして
『首里におわします国王様の 愛しいお子の遊ぶお姿 踊るお姿の見事な事よ』
というオモロ(神歌)をお告げになりました。
尚宣威様はこれをお聞きになり「私のような王の徳のない者が、玉座を汚していることを天は咎めておいでなのだ」と、在位六ヶ月にて退位され、(先王の)世子・久米中城王子を御即位させなさいました。このお方が、かの尚真王でございます。
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つまり、先王の弟が即位する事が閣議決定されていたのに、その王を「神」が無視し、そのために王が退位に追い込まれたということのようです。
中世の琉球国王は「神」の承認があって初めて権威を発揮できたということなのでしょう。
「神の意思」で王位が決まったという、この話だけでも尚真王の即位譚は充分劇的なのですが、この話には、様々な理由からある人物の【陰謀説】も浮上してきます。
(…書くのが疲れて来たので、つづく…)



